母と似てきたこと。

 

   最近、自分が母親にそっくりになってきました。

 

元々、家族から「あの女にそっくり!」と罵られたり、ふとこぼした独り言が母のそれと酷似していたり…、

 

自分でも恐れていたことです。

 わかってはいました、嫌だ嫌だと拒み続けるから余計に意識して似てきてしまうものだと。

 よりによってこの世で一番憎い人に似てしまうというのは正直怖いです。

 いい大人が自分から見える母親の面影に怯えて泣いてしまうこともあります。

 怖くて怖くて仕方が無いんです。どうしたらいいのか全く検討もつかなくて、相談できる家族もいない。

 

 でも、私は何としても幸せにならなきゃいけないし、その為に頑張って生きなきゃいけない。JUMPちゃんの20周年も見守りたいし、来週のべいじゃんも一大事(やぶひかお料理)、ポポロだってまだ見てない。

 JUMPちゃんの為に人生に悲観して死を選ぶ暇は無いんです。

 

 そうやってなんとか気持ちを奮い立たせて(We Are 男の子!聴きました)

(トンチキソングすごい)

私と母の似ていない点を探すことにしました。

 

……全く浮かびません。

 

多分気が滅入っている事と、散々家族に母親にそっくり!と罵られたトラウマが相まって見つけられないのだと思います。

 

これでは逆効果なので、私が治すべき癖や習慣を箇条書きすることにしました。

☆部屋を常に綺麗に保つ

☆横になる時に足を組まない

☆ネガティブな独り言を言わない

スマホはほどほどに

☆自炊をする

☆規則正しい生活

☆姿勢を良くする

☆素直になる

☆自分を許す

etc..

これを部屋の一番目立つところに貼って、毎日意識しようと思います。(スマホの待受にもしよう)

ここに書いたのは一種の決意表明みたいなものです。読んでくださった方を巻き込んでしまって申し訳ありません。私も必死なもので。

 

   自分を変えたくて、年々母親に似てくるこの顔が怖くて、整形して私の顔から母親の面影を消し去ろうとずっと考えていました。ですが、私の奨学金や、私の名をかたり親戚や祖父母から奪ってきたお金で、整形にのめり込んだ母を見ると、無意識に、あぁ私もこうなってしまうんだな。と思い、手が出せなくなってしまいました。綺麗になりたいと狂っていた私は結局母親とそっくりみたいです。

母親と別人になりたくて焦っていたのに皮肉なもんですよね。

 

呪いのように、毎日ふと鏡を見た時、疲れて帰ってきてシャワーを浴びる時、自分が母親とそっくりだって気付かされます。家族だから、血が繋がってるからとは思いません。

家族って愛が無いとただの鎖ですから。

私と母は他人です。全くの別個体です。母が怖いからといって母の複製になる必要は無い。

 自分のことを認めてあげることも許してあげることもまだ出来ませんし、この先も無いかもしれないけれど、これは自分を変えるチャンスだと言い聞かせ、私は私だと振り切って頑張ろうと思います。

 

 

 

 

吐き出せるところが無かったとは言え、支離滅裂な駄文ごめんなさい。

 

最後まで読んでくださった方ありがとうございました。

 

血の繋がった家族

日本では血の繋がりをかなり重要視されますよね。

血が繋がってたら長年離れてても家族だとわかる。といった感動話もよく聞きます。

 

 

今日はその血の繋がりに苦しめられてる人間の主張を聞いてください。

 

父親は私が幼い時に女を作って出ていきましたし、大きくなるまで実の母に虐げられて生きてきた私には血の繋がった家族ほど憎い存在はいません。

 

祖母に引き取られた後、母に復讐するために生きてきましたが、大好きな祖母の「たった1人の家族なんだら許してやりなさい。」の言いつけに逆らえず、母を許しました。

 

その後、母との関係は改善するどころか悪化の一途を辿ります。

 

毎日のようにかかってくるお前なんか堕してしまえばよかったなど罵詈雑言の電話、しつこい宗教勧誘に、お金まで盗んでくる始末、挙げ句の果てに私と一緒に住んで介護しろ。と言い出し、もう疲れました。

 

母と縁を切ろうと思い、私を引き取り育ててくれたおば夫婦にその旨を伝えました。二人共賛成してくれた時、祖母にまた

「たった1人の家族なんだ、みんなで寄ってたかって縁切ろうなんて言うもんじゃない。お母さんが可哀想じゃないか。お前も周りから縁を切ったほうがいいと言われたから感化されてしまっただけだろう?」

と言われました。

 

祖母はもうボケてしまっているので母が今までやって来たことを忘れているのかもしれないですし、昔の人だから仕方のない発言かもしれません。

 

でも、何年私がその言葉で苦しめられてきたのかと思ってるのでしょう。

 

周囲からうんざりするほど「たった1人の家族なんだから」と言われ続け、「シングルマザーで一杯一杯だったのよ。」と常に母は擁護され美談扱いされてきました。きっと母が美人だったからなのかもしれません。

 

血が繋がっていたら、一杯一杯だったら、子供に何をしてもいいのでしょうか?嘔吐物を飲ませて、ロクな食事を与えず、包丁で刺しても、首を絞めても、歯が折れるほど殴っても、いいのでしょうか?

自分がそんな生活を強いられたら3日と耐えられない赤の他人に限って、

「お母さんのことわかってあげてね、許してあげてね。」

なんて平気な顔をして言ってきます。

殺されかけた子供の気持ちなんて誰もわかろうとしない。

私はこの血の繋がり至上主義者達が大嫌いです。

 

あなた方のお母様があなたを愛しているのは血の繋がりなんかのせいじゃありません。あなたを育ててきた年月が愛を育んだのであって、目に見えないオカルトのようなもので繋がっているわけではありません。一緒に過ごした時間が家族を作るのです。そこを勘違いしないでいただきたい。

 

残念ながら私の家族は欠陥だらけでもう修復出来ませんでした。

とうの昔から愛情なんてもらえませんでしたし、殺されないようにするのが精一杯。歩み寄ったところで仇で返される始末。

きっとあの人は母親になる素質が無かった、そもそも愛情がないのだと思います。そんな人に無い物ねだりをして、家族に戻ろうだなんて不可能です。それをどうして赤の他人達がお節介しようとするのでしょうか。

 

どうか、血の繋がりなんて目に見えない下らないもので私を縛り付けないでください。もうそろそろ私を自由にしてください。

 

今日は私の愚痴を読んでくださってありがとうございました。

 

 

 

参戦服について。

ついに待ちに待ったコンサートがこの夏にやってきますね!

 

コンサート発表以来、メイクはどうしよう、参戦服はどうしよう、と心が踊ってる方も多いと思います。私もその1人です。

 

今日はその参戦服についてお話したいと思います。

 

 

ある時友人と出かけた際に可愛らしい真っ白なレースのワンピースを着た女の子を見かけました。

「可愛いなあ、私もあと少し若かったら着たかったな〜。」

なんてその時は思っていました。

こういった経験は年齢が上がれば上がるほど女性にはつきものだと思います。

 

そしてしばらくして、疑問に思ったのは、

 

『なぜ私は可愛い洋服を着れなくなってしまったのか。』ということ。

 

その答えは私が自身にかけた“呪い”のせいだと思います。

この女が女にかけてしまう呪いの正体は

大人の女性になると

「もう若くないから」といった自己暗示。

若い女の子達の間では 「キャラじゃないから」 「可愛くないから」 といったものでしょうか。

 

女にとって服は鎧です。

か弱い私たちを守ってくれる可愛い存在。

私達は着飾ることにより自信を纏ったり、美しくなれます。 自分がどういった人間なのかを他者に示すことが出来ます。 そして何より、自分の着たい服を着ることはとても“素敵な幸せ”だと思います。

 

しかし私はその幸せを自ら手放し、自身に呪いをかけました。 本来、服とは“自分のなりたい姿”へ導いてくれるものなのに。 これはとっても勿体無い事だと私は気づいたのです。

 

街で時折見かける実年齢よりも大人びた、正直に言うと、随分と老けたファッションの女性を見かけることがありますが、彼女達もまたこの呪いの被害者なのだと思います。

または、過度に自分を卑下する事で自分の身を守っているのかもしれません。

 

もちろん、実年齢に見合わない若すぎる服装は他人から見て「みっともなく」うつります。私もそうならないように日々気をつけているつもりです。

ですが、過度に自分自身を卑下し、ファッションを通して、実際の時間よりも早く歳を重ねる必要は無いと思います。

 

女性を苦しませるこの呪いはとても頑固なものです。

何故なら自分自身でかけてしまった呪いは中々とけないから。 しかも、この呪いは自分でとくしか方法がありません。

 

そんな途方に暮れそうな呪いにかかった私を手助けしてくれる王子様が、JUMPちゃんでした。

 

(´‘▽‘`) 「ニーハイを履いた女の子が好き。」

('A`) 「白ニットの女の子って可愛いよね。」

(´(ェ)`) 「テラコッタカラーのガウチョいいよね。」

 

雑誌やラジオを通してJUMPちゃんはこんなことを言っていましたね。 ニーハイなんて...、白ニットなんて...、と未だに思いますが(笑) 彼らの発言を見聞きして、早速白ニットを買った方、ニーハイをはきだした女の子や、女性もいらっしゃると思います。

 

それでいいのです。

 

この呪いをとくには、自分自身を許すこと。

自分自身を許して、もっと愛してあげれば簡単に呪いはとけます。

でも、そう簡単に自分の事が許せる人なんていません。少なくとも私はそうです。

そんな時には、

「JUMPちゃんが言ったから可愛い服買っちゃった」

「コンサートだしワンピース着ても良いよね」

といったふうにJUMPちゃんを言い訳にしてみてください。

 

可愛い服を着ることを許したのは“私”じゃなくて、“JUMPちゃん”です。

 

こう思うようにすると次第に可愛い服にも手が伸びるようになり、可愛いけど、私にはもう無理...、と諦めていたオフショルダーのトップスをついに先日購入することが出来ました(o・ω・)

(JUMPちゃんありがとう♡)

学生時代以来ご無沙汰していた可愛い洋服を買い、久々の誰の目も気にせずに着たい服を着る幸せを思い出しました。

 

私のような経験がある方は是非、今年のコンサートで自身の着たい服を着てみてください。

もちろん、可愛い服に限定しているわけではありません。コンサートという「非日常」を理由に冒険してみて欲しいのです。

 

女は男よりも歳をとるのが早い生き物です。

お洋服でそのスピードを早めていませんか?

着たい服を着る事を躊躇っているうちにあっという間に本当に着れなくなってしまいます。

どうかそのリミットがくる前に冒険してみてください。

 

今年の夏は、素敵なお洋服でJUMPちゃんに会いに行きましょう♡

 

 

 

追伸 お願いだからどこか一つでもコンサートが当たりますように。

 

以上、来月の当落発表がとても怖い白米より。

 

最後までお読みいただきありがとうございました!

 

 

Hey!Say!JUMPという天使達。

私にとってのアイドル

 

 

3歳の秋、私は母に誘拐されました。

 

 

丁度七五三の手前だったと思います。祖母の家で幸せに暮らしていた私を、母は誰にも言わずに連れ去ったのです。

 

ここから私の地獄がはじまりました。

 

毎日母に殴るわ、蹴るわ、鞭で打たれる暴力を浴びせられ、マトモな食事も貰えません。

「飲まなければ殺す。」と包丁を突きつけられながら嘔吐物を飲まされた事も何度もあります。

包丁で刺され、首を絞められ、殺されかけた数は数え切れません。

何より辛かったのは「お前なんて産まなければよかった、謝罪しろ」と言われ、土下座で何時間もの間 「生まれてきてすみませんでした。」と言わされるのが辛かった。

(おかげで大人になってになっても自己肯定感が低いです。)

 

母は私の存在を憎んでいました。

周囲の友達は誕生日になると、お家でお祝いされて、キラキラ綺麗なケーキと素敵なプレゼントを貰って幸せそうなのに、 私の誕生日はいつも食事抜きで、生まれてきたことを罵られいつも以上に暴力を振るわれる日で嫌いでしたし、未だに嫌いです。

その後いつしか私の誕生日は母の記憶から無くなったため死にかけることはなくなりましたが。

 

初めて自殺未遂を起こしたのは小学二年生だったと思います。

狭くて古い2LDKのマンションは家ではなく私にとっては監獄でしかありませんでした。

 

それに加えてカルト宗教に盲信していた母のお陰で学生時代はせっかく友達が出来ても離れていくの繰り返しでずっと孤独。

助けの求め方も甘え方も誰も教えてくれませんでしたし、苦しみから解放されたいあまり、母を殺すか、自分が死ぬかしかない。とばかり考えていました。

 

 

ですが、

 

ある日ひょんな事から学校に虐待がバレ、私は児童相談所で生活を送る事となりました。

 

そうです「母になる」のこうくんがいた場所です

\(^^)/ワーイ

 

治安が悪いところに住んでいたのも関係して、私のいた児相は少年院一歩手前といったアウトローな雰囲気で常に監視のいる囚人のような生活を送っていましたが、私は幸せでした。

 

だってこんなに安全を確約された空間なんて刑務所かここぐらいしかありませんもの!

 

しかし、その頃には立派にひねくれていて、虐待を見て見ぬふりをして助けてくれなかった大人達への不信感と嫌悪感、母があれほどまで金をかけて縋っていた神は私の事なんて助けてくれやしなかったし、あれだけ呪った母は今ものうのうと生きてると思うと、神や仏を一切信じなくなり、大層可愛げのないガキになっていました。

拒食症もこの頃からですね。

私の根底の人格である、人間嫌いの引きこもりはこの時期に生まれたんだと思います。(現在はネガティブな人格の上に喧嘩っ早いポジティブな人格があぐらをかいて居座っております。)

 

そんな幸せで安心した生活は続きません、いつかは児童相談所を出なければならないのです、

今度は追い出されるように私は祖母とおば夫婦の家で生活を送ることに...

幼少期の記憶がほとんど無いに加え、母親が散々呪い罵詈雑言を吐いていた相手と暮らすというのは中々難しいものでしたが、祖母が守ってくれましたし、おば夫婦も優しくしてくれました。

 

 

そして新天地で不安な私が出会ったのが、 当時ごくせんに出ていた髙木雄也くんです。 (´(ェ)`)

テレビで見た瞬間、カッコイイ!と一目惚れ、なだれ込むようにオール担になり、 録画したJUMPちゃんの番組を延々と齧り付くように拝んでいました。

 

慣れない土地で寂しい私を慰めてくれる王子様がJUMPちゃんだったんです。

 

母親が家に乗り込んできたり、母のいる宗教の人間から脅迫まがいの手紙が来たり、中々大変でしたが、JUMPちゃんを支えに生きてきました。 大好きだった祖母がいたのも大きかったと思います。

 

そうして新しい生活にも慣れ、3年ほどたった頃、

 

祖母が脳溢血で倒れました。

 

障害が残り、祖母の介護が必要になってから、 またも私の生活は変わってしまってしまいました。 一家の大黒柱だった祖母が倒れて以来、家で可愛がられていた私の立場は居候扱いとなり、学業と家事、祖母の介護、幼い従兄妹たちの世話に追われ、ジャニヲタどころでは無くなってしまいました。

(ごめんよJUMPちゃん(´∵`))

 

優しくしてくれていたおば夫婦に毎日のように(あんな母親の子供だから駄目なんだ)(母親にそっくり!)といびられるのが辛かったですし、何より、血の繋がりだけで誰よりも憎い人間と同一視されるのが苦痛で仕方がありませんでした。

もう私には家族はいないんだ。

と言い聞かせ、おば夫婦の嫌味にもなんとか耐えました。

 

 

 

祖母は強い女性でした。

 

私のアイデンティティを作った人だと思います。 香水の付け方や、ハイヒールでの歩き方、綺麗になるための方法を教えてくれたのは祖母です。

私は祖母が大好きでしたし、

今も私の憧れの女性です。

小さな頃から私の唯一の家族であり、味方だった祖母が後遺症により、認知症になってしまうと、いままで祖母にヘコヘコしていたおば夫婦が我が物顔で祖母に怒り散らすようになりました、

あれだけ強くてかっこよかった祖母の弱っていく姿を見るのが辛くて、大学入学と共に私は家を出ました。

 

逃げたんです、嫌な現実全てから。

 

弱音なんて一度も吐いたことの無い祖母の 「孫の前で怒られるのは辛いなぁ。」 の一言で全てが耐えられなくなったのもあると思います。

 

逃げ出したところで母親に宗教入信を迫られ、騙されそうになったり、大学に母が迷惑電話をかけまくり嫌がらせを受けるわ、学費や奨学金を盗まれたりと散々でしたが...。

 

数年たち、一人暮らしにも慣れ、働くようになると、今度は職を無くした母が金をたかってくるようになりました。

いくら着信拒否しても未だに番号を変えて昼夜問わず鬼のように電話がかかってきます。

電話に出ると、

「お前は私の面倒を見るために生まれたんだ。」 と怒鳴られ、血の繋がりが呪いのように私を縛り付けてきます。

おかげさまで不眠、過眠症を患うようになりました。

 

私が幸せになろうとすると、母が邪魔をする。

 

そんな事を本気で信じてました。 幸せになるのが怖かったんです。 苦しむくらいなら幸せになれなくて良いと思ってました。

守ってくれる人なんていないし、 一生ひとりぼっちかもしれない。 と将来への漠然とした不安が襲いかかり、心身ともに疲れ切って、消えてしまいたかった頃、 テレビで伊野尾ちゃんを見ました。

 

「あれ?Hey!Say!JUMPの伊野尾くん?こんな雰囲気だったっけ?」

 

最初はこんな感想でした、まだギリギリ伊野尾革命が起きる前だったと思います。

(あ〜、JUMPちゃん懐かしいな。昔好きだったな。) ぐらいの気持ちで伊野尾ちゃんを何気なくと見ていたはずが、いつの間にか心を奪われていました。そしてまた髙木くんの時と同じように、JUMPちゃんにのめり込み、オール担となり、

昨年のFantastic Timeのあの美しいフォーメーションダンスを見て、

 

完全に惚れました。私の負けです。

 

「もう私はこの子達に一生を捧げる。」 と胸に誓いましたね。

 

そこからモノクロだった私の人生はキラキラと9色に輝くようになりました。

 

母親から愛されなかった私は上手に人を愛せません。基礎がわからないんです。恋愛ではいつも相手を傷つけて失敗ばかり、誰かを愛することはもう諦めていました。

 

ですが、JUMPちゃんは違います。

どんな愛し方をしても全て受け入れてくれる。

どんな愛も認めてくれます。

 

だってそれがアイドルの『お仕事』だから。

 

私に無償の愛を注ぐことの幸せを教えてくれたのは家族でも、先生でも、恋人でも、友人でも無い、JUMPちゃんです。

 

 

人は心の拠り所に宗教を選ぶことがあります。

それは人間が弱い生き物だから。

その事については全く悪い事だとは思いません。むしろ上手に生きていくための知恵だと思います。

 

ですが、私は神も仏も信じていません。宗教を嫌悪しています。母親のようになりたくないという恐怖心からだと思います。

 

でも私も弱い人間です。いつも自分から覗く母親の影に怯えて、何かに縋りたい、救われたい、許されたいと常々思っている。 そんな私に嫌悪感も罪悪感も感じさせずに「心の拠り所」 となってくれたのはJUMPちゃんです。

 

私にとってJUMPちゃんは偶像であり、崇拝対象です。

彼らが居なくても私は生きていけるけれど、彼らは私のすべてなんです。

幼い頃、誰も私のことを助けてくれなかったけれど、

私に這い上がる力をくれたのも、

私を救ってくれたのも、

私の地獄を終わらせてくれたのもJUMPちゃんです。

 

誰も愛せないひとりぼっちの惨めな女が、

 

「元々美しいエースが美容に力を入れてるんだから、私も頑張らなきゃ!」

 

「大ちゃんだって食事制限してダイエット頑張ってるんたがら、私もやらなきゃ!」

 

「綺麗なJUMPちゃんのお目汚しをしない見目になろう!」

 

とアクティブになりました。ネガティブで引きこもりがちだった生活がガラリと変わって、自分に似合うメイクを探求するようになり、美容に力を入れ、ダイエットに励み、笑顔になることが増え、友人にも「幸せそうだね。」と言われることが多くなりました。

 

誰かを愛することで、少しずつ自分のことを愛せるようになり、許せるようになったんです。

 

 

JUMPちゃん様様STY🌹\(^o^)/

 

 

最後に、 皆さんにとってのアイドルとは、ジャニーズとは何ですか?

キラキラと輝く彼らは、白馬に乗った王子様、女性の永遠の恋人、日々の癒し...etc、 と人によって様々な顔をもってると思います。

 

私にとってJUMPちゃんとは天使です。

本当の意味で。

 

 

是非これからもみなさんと楽しくJUMPちゃんを愛でさせてください。

 

JUMPちゃん本当にありがとう。

 

 

 

母とは未だにたたかっています。家族として壊れてはいけない部分まであの人は壊してしまったので、もう家族に戻ることは無いです。

でも、認めることは出来なくても許すことは出来ます。

 

JUMPちゃんが私のことを許してくれたように 。

 

少しでも早く過去を清算できるように頑張ります。

 

とりあえず、

 

9月の横アリ首を洗って待ってろよ!!

 

JUMPちゃんに会わなきゃ私の夏は始まらねえ!(秋ですけどね)

 

 

 

今日は私がJUMPちゃんを好きになったなれそめを私の今までの人生と共に吐き出したくてブログを書きました。 長文乱文ごめんなさい。

最後まで読んでくだり、ありがとうございました!